昆虫の環境適応:休眠と低温耐性について

提供: JSCPB wiki
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昆虫は地球でもっとも繁栄した生物種である。昆虫の繁栄の理由として、飛翔による高い移動能力の獲得、変態による成長と繁殖期の分離によるエサ資源の効率的な利用、被子植物との共進化、さらに精巧な微小脳の獲得などが挙げられる。これらに加えて、過酷な冬の環境を乗り切るための仕組みの獲得は、外温動物である昆虫が分布域を拡大する上で重要な要因の一つであったと考えられている。昆虫は、光周期や温度などの環境情報によって制御される『休眠』と呼ばれる仕組みを進化させることで、温帯から高緯度地方の過酷な冬の環境に適応することを可能にした。さらに、極端な低温に対する低温耐性能力を獲得することで、氷点下の低温環境を生き抜くことができるようになった。ここでは、昆虫の季節適応能力の中で重要な位置を占める『休眠』と『低温耐性』について紹介する。

休眠

地球は約24時間周期で自転しながら太陽の周りを公転している。この自転軸は公転面に対して約23.4度傾いているため、温帯から高緯度地域に生息する生物のすべては、昼と夜という明暗の周期に加えて、春夏秋冬といった季節変化にさらされている。外温動物である昆虫は、このような地球の年周期変動に応答して、温暖で食物の豊富な春先から夏に成長や生殖を行う。一方、気温が低く餌の乏しい晩秋から冬にかけて休眠(diapause)と呼ばれる特別な生理状態に入ることで、生存に不適切な厳しい冬の環境をやり過ごしている。休眠とは、哺乳類の冬眠に相当する生理機構である。

休眠に入った昆虫は積極的に発育を停止あるいは抑制しており、次の発育段階に進むことはない。休眠に入る発育段階は遺伝的に決められており、休眠はその発育停止段階によって、卵休眠、幼虫休眠、蛹休眠、成虫休眠と呼ばれる。一般的に、一つの種が休眠に入るステージは一つだけで、休眠は生活史の中で一度しか起こらない。昆虫は、日長(光周期)や温度の変化から季節の到来を予測することで、実際に環境条件が悪化する前に休眠に入る(図1)。光周期に対する生物の反応は光周性と呼ばれており、休眠は光周性の一つである(光周性のメカニズムに関しては、『トピックス:光周性』を参照のこと)。

初秋の短日や温度の低下によって誘導される休眠のおかげで、晩秋に一時的に気温が上昇したとしても、卵のふ化、幼虫の発育、蛹の羽化、あるいは生殖活動などは起こらない。そのため、低温耐性の低い非休眠個体が餌の乏しい冬の低温環境にさらされることはない。このような発育制御に加えて、休眠中の昆虫は、通常の生物が生存不可能な過酷な低温や乾燥に耐えることができる。また、休眠中の昆虫は呼吸や代謝を著しく低下させており、食物を取らなくとも長期間にわたって生存することができる。日本のような温帯地域では、多くの昆虫は休眠状態で越冬するため、休眠期間中に低温耐性(耐寒性)(cold tolerance) を増す種が多い(一部の昆虫は、休眠が浅くなってから低温にさらされることで低温耐性を増すことも知られている)。

長期の低温耐性

昆虫は、自身の生息場所で自然に生ずる低温で死亡することはめったに無い。渡りをする一部の種を除き、多くの昆虫は低温耐性を高めることで、冬の低温に適応している。昆虫の低温耐性は、気温の低下や日長の短縮を引き金とした代謝経路や生理状態の変化によって増大する。氷点下の低温にさらされる昆虫は、凍結への耐性の有無によって凍結耐性型 (freeze tolerance) と凍結回避型 (freeze avoidance) の2種類に大別される。凍結耐性型昆虫は、細胞外を満たす体液が凍結したとしても、死に直結する細胞内凍結 (intracellular freezing) が起こらなければ生存できる。一方、凍結回避型昆虫は凍結を避ける仕組みを備えているが、凍結は致命的であり、体液や組織など体の一部が凍結すると虫体全体の凍結が起こり死亡してしまう。

凍結耐性型昆虫の低温耐性

凍結耐性型昆虫は、体液中にペプチド性あるいはタンパク質性の氷核物質(氷核タンパク質や氷核リポタンパク質と呼ばれる)を含んでおり、比較的高い温度での体液の凍結を積極的に誘導している(凍結耐性を持つポプラハバチの前蛹は、-9 °C程度で細胞外凍結する)。氷核とは、水が凝固して氷になる際に核となる物質を指す。氷核タンパク質のような昆虫自身が生成する氷核は内因性氷核a)と呼ばれる。凍結耐性型昆虫は、内因性氷核を体液中に蓄積することで、細胞内凍結のリスクを未然に防いでいる。比較的高い温度で細胞外凍結が起こると、氷は緩やかに成長するため、体液はゆっくりと濃縮されていく。これと同時に、体液中と細胞内の浸透圧の差によって、細胞内の水は徐々に体液側へ移動する。その結果、細胞内の溶液が濃縮され、細胞内凍結が回避される。また、体内で合成された不凍タンパク質 (antifreeze protein) が氷結晶の成長を阻害することで、氷結晶による物理的な細胞破壊を防いでいる。加えて、細胞膜を通過した水分子が凍る際の凝固熱の放出も細胞内凍結の防止に一役買っている。

凍結回避型昆虫の低温耐性

凍結回避型昆虫は、体液が凝固点以下の温度でも凝固しない高い過冷却能力を獲得することによって凍結を回避している。過冷却点b)の引き下げには、i) 血液中や腸内にある氷核の量を分解や排出によって減少させること、そしてii) 不凍化物質c)を合成・蓄積させること等が有効に働いている。不凍化物質には、凍結保護物質 (cryoprotectant)であるグリセリンやトレハロース等の糖・糖アルコール(以下、糖類d)と呼ぶ)や不凍タンパク質がある。糖類は、氷核の周囲に水分子が集まりにくくすること、そして水分子が集まっても氷としての結晶配列を取りにくくさせることで、過冷却点を低下させるとともに、過冷却状態を安定化させる。また、不凍タンパク質は小さな氷結晶の表面に結合することでその成長を抑えて過冷却状態を安定化させる。

短期の低温耐性(急速低温耐性強化)

急速低温耐性強化 (rapid cold hardening) とは、数時間以下の穏やかな低温にさらされることで、さらに厳しい低温に耐えることができるようになる現象である。急速低温耐性強化は、野外でみられる長期間の低温暴露によって獲得される低温耐性 [上記2)を参照のこと] とは異なり、長期間の低温暴露に対しては有効でない。また、その効果は常温に戻すとすぐに失われてしまう。急速低温耐性強化は、例えば、温帯域での夜間の気温の低下に適応するための仕組みであると考えられており、細胞膜のリン脂質を構成する脂肪酸の変化などが関わると考えられている。

以上のように、休眠や低温耐性の獲得と進化は、熱帯に起源をもつ外温動物である昆虫が温帯や高緯度地域、あるいは高山地方へ進出する際に、非常に重要な役割を果たしたと考えられる。

注釈

a) 内因性氷核と対になるものとして、外因性氷核がある。外因性氷核は、昆虫の体外に由来するもので、摂食に伴って消化管内に取り込まれる。外因性氷核には、消化管内の食物の残渣に加えて、物理的氷核(塵や粘土鉱物など)と生物的氷核(細菌等の微生物)の2種類がある。一般的に、氷核活性は後者の方が高い。凍結回避型昆虫は、低温期には摂食しないこと、そして消化管内にある氷核となり得る物質(糞や未消化物質など)を積極的に排出することで凍結を回避している。

b) 表面が濡れていない昆虫を徐々に冷却していった時、ひとりでに凍る温度のことを過冷却点 (super cooling point) と呼ぶ。過冷却点は血液中にある氷核の氷核活性や消化管内容物の有無や質(凍りやすさ)によって決まる。凍結回避型昆虫の中には、過冷却点が低温による致死温度と一致する種がいる。このため、過冷却点は昆虫の低温耐性を評価する上で、とても重要な指標の一つと位置付けられてきた。一方で、凍結回避型昆虫の一部は、過冷却点より高い温度でも冷温死することが知られており、昆虫が実際に死亡する温度を過冷却点から評価する場合には注意が必要である。

c) 糖類や不凍タンパク質など、溶液に加えることで、液体の凝固点を下げる効果のある物質を指す。

d) グリセリンやトレハロース等の糖類は、凍結耐性型昆虫の凍害回避にも重要な役割を果たしている。細胞内に蓄積した糖類は、細胞膜を構成する脂質二重膜を安定化させたり、細胞内小器官を構成する各種のタンパク質や酵素が凍結に伴う脱水や濃縮で変性することを防いだりする働きがあると考えられている。

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図1 ハエの成虫休眠の模式図


参考文献

  • 休眠の昆虫学 季節適応の謎, 田中 誠二・檜垣 守男・小滝 豊美 編, 東海大学出版会
  • 昆虫―驚異の微小脳, 水波誠 著, 中公新書
  • 昆虫の低温耐性 -その仕組みと調べ方-, 積木久明・田中一裕・後藤三千代 編, 岡山大学出版会
  • 生物学辞典 第5版 岩波書店
  • 虫たちの越冬戦略, 朝比奈英三 著, 北海道大学出版会

濵中良隆(大阪市立大学 大学院理学研究科 生物学科 情報生物学研究室/現在の所属:大阪大学 理学研究科 生物科学専攻 比較神経生物学研究室)