色が見えるしくみ

提供: JSCPB wiki
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 色覚は多くの動物にあるので、生息環境と動物のしくみとの関係を調べるに適した感覚のひとつである。色覚という感覚を通じて多くの動物種を比べ、その共通性と多様性を明らかになってくると、生き物の進化が見えてくる。

光と色覚

 ヒトが外界から取り入れている情報の約8割が、視覚によると言われている。視覚は、太陽光が様々な物体で反射した光や光そのものが目で受容され、脳で再構成されることによってうまれる感覚である。視覚には、色・形・動き・奥行きなどの知覚が含まれる。

 光は電磁波の一種で、波と粒子の両方の性質がある。光の性質のうち、波長の成分が我々の感じる「色」の知覚に対応する。一方、光子数の違いは、明るさの違いとして感じる。

 太陽光には、様々な波長の光が含まれていて無色透明である。この太陽光(白色光)をプリズムに通すと、様々な波長の光に分けることができる。プリズムで分光した光のうち、ヒトは約400nmから700nmの光ならば見ることができるので、この波長域を可視光と呼んでいる。一方、太陽光には400nmよりも短い波長(紫外線)も700nmより長い波長の光(赤外線)も含まれているが、我々の目には見えない。

色覚

 ヒトは、ある特定の波長の光を見ると波長に対応した「色」を感じる。例えば450nmは青、650nmは赤く見える。このことから物の表面で反射された光に含まれる波長の成分が、知覚できる色と一致すると考えられる。しかし、実は波長成分と知覚される知覚される色とは、いつも一致するわけではない。リンゴを屋外で見ても室内の蛍光灯の下で見ても、その色は赤である。ところがこのふたつの違う光条件の下では、目に届いている光に含まれる波長成分は全くと言ってよいほど違う。この様々な照明光の下においても物体の色が大体同じに見える現象を色の恒常性という。色の恒常性について考えてみると、必ずしも「波長=色」が成り立たないことがわかるだろう。目に届く波長情報は、あくまでも色覚のもとなのである。色の恒常性同様、目に届く波長情報と知覚される色が一致しない現象に色対比(色誘導)現象がある。

 ヒト以外の動物の多くに色覚があると考えられている。動物に色覚があるかどうかは、学習と弁別を組み合わせた心理物理学的な行動実験によって明らかにできる。具体的には、色紙などを使ってある動物が物体をその明るさではなくて、波長成分の違いによって見分けることができるかどうかを示す。例として、昆虫のミツバチの実験を以下に紹介する。

 青色紙の上においた時計皿に蜜を満たしてミツバチに与える。しばらくして、青色紙と様々な明るさの灰色紙を同時に見せる。このときには、どの色紙の上にも蜜を置かない。するとミツバチは、青色紙の上だけに集まる。これは、ミツバチが青色紙を明るさではなく、波長成分の違い(色)によって見分けていること、つまり色覚を使っていることを示している。ところが、赤色紙で餌をもらっていたミツバチは、赤色紙とある特定の明るさの灰色を混同する。これミツバチには、赤が色として見えないことを示している。ミツバチの色覚の行動実験はあまりにも有名だが、全ての昆虫がヒトの赤に相当する色が見えないわけではない。チョウの仲間は、紫外線も赤も色として見ている。 同じような行動実験によって、これまで鳥、魚、その他の無脊椎動物のうち限られた種でその色覚が明らかにされている。ただし、種によって色を感じる波長域には差がある。色覚を持つ動物には、脊椎・無脊椎に関わらず色覚に関係する色の恒常性や色対比といった現象は共有されているようだ。

色覚のしくみ

 光の情報が最初に入るのは、網膜である。色の知覚は、網膜にある異なる波長域に感度持つ複数種類の光受容細胞の反応の違いをより高次の神経が比較することで生まれる。いくつかの種では、ひとつの神経がある波長で興奮、それ以外の波長で抑制の反応をする反対色性神経が色覚に関与すると考えられている。色を感じる波長域は、網膜にある色覚に関与する光受容細胞の種類が主に決めている。

ヒト

 ヒトの網膜は層状になっていて、光受容細胞は網膜の光が入る方向から最も遠い一層に並んでいる。そこには、1種類の桿体細胞と3種類の錐体細胞の計4種類の光受容細胞がある。ヒトの可視波長域はこの4種類の光受容細胞が感度を持つ波長域と一致する。桿体細胞は、光に対する感度が高く暗い場所で働く。一方、3種類の錐体細胞は明るいところで働き色覚の情報も伝えている。3種類の錐体細胞は、それぞれ420nm(青)と534nm(緑)と564nm(赤)に感度の極大を持つ。3種類の錐体細胞は、網膜の中心窩と呼ばれる部位に集中して分布し、青受容細胞は全体の7%程度で残りが緑と赤受容細胞である。赤と緑受容細胞の含有率はヒトによって大きく異なる。これら3種類の受容細胞は中心窩に不規則に並んでいるが、これは光受容細胞の規則的な配列によるもわれ現象が起きないようにするためだと考えられている。

 3種類の錐体細胞の情報は、高次で反対色性の情報に変換される。サルでは、青/黄色(緑+赤)と緑/赤の2種類の反対色性神経が見つかっている。この2種類の反対色性神経が伝える情報が波長や空間的に比較統合されて、脳の高次の神経において細かい波長の違いが表現されていると考えられている。事実、サルでは、網膜にある3種類の光受容細胞とは全く異なる波長に鋭い感度を持つ神経が高次の脳領域で見つかっている。

その他の脊椎動物

 ヒト以外の脊椎動物で色覚とその神経の仕組みが最も詳しく調べられているのは、魚である。実は色覚と網膜にある神経の働きとの関係は魚類で明らかになった点も多い。キンギョやコイの色覚は、網膜にある紫外・青・緑・赤の計4種類の光受容細胞を基盤としている。魚の網膜では、ヒトやサルと違い光受容細胞が規則的に配列する。反対色性神経は、青/黄色と緑/赤の2種類が見つかっている。鳥類の網膜には魚の同様4種類の光受容細胞があるが、魚と違いその配列は不規則である。

昆虫

 昆虫の目は、個眼がたくさん集まってできている。普通、ひとつの個眼には8〜9つの光受容細胞が含まれる。光受容細胞の種類は、種によって違う。例えば、ミツバチでは3種類だが、アゲハチョウでは紫外・紫・青・緑・赤・広帯域の6種類である。個眼に含まれる光受容細胞の種類とその配置を見ると、アゲハもミツバチでも光受容細胞の組み合わせによって個眼は3タイプにわかれる。3タイプの個眼は違う比率で含まれ不規則に並んでいるので、個々の光受容細胞も異なる比率で不規則に並ぶことになる。アゲハでは行動実験の結果から色覚に関わる受容細胞は4種類と推測されているので、3タイプある個眼のうち色覚に関わるのはそのうちの2タイプだけということになるが残る1タイプがどのような視覚機能に関わるのかは不明である。また、昆虫の網膜では特定の光受容細胞が色覚に関わり、残りは動きや形といった異なる視覚機能に関わると考えられている。

 昆虫の色覚に関わる反対色性神経は、ミツバチとアゲハチョウの幼虫でのみ報告されている。ミツバチの反対色性神経は紫外/青緑と青/紫外・緑の2種類である。一方、アゲハチョウの幼虫は成虫と違い網膜に紫外・青・緑の3種類のみをもつ。その反対色性神経は青/緑、紫外/緑、青/紫外・緑の3種類である。