「松果体の光受容」の版間の差分

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 色覚は多くの動物にあるので、生息環境と動物のしくみとの関係を調べるに適した感覚のひとつである。色覚という感覚を通じて多くの動物種を比べ、その共通性と多様性を明らかになってくると、生き物の進化が見えてくる。
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 動物は、光を物の形や色を認識する「視覚」で利用するのに加え、生体リズムの制御などの様々な「視覚以外(非視覚)」の生理機能の調節に用いている。哺乳類を除く多くの脊椎動物において、非視覚の光受容には、松果体や脳深部などの、眼以外の光受容器官の関与が広く知られている。ここでは、眼外光受容器官のひとつとして知られる松果体の光受容について述べる。 色覚は多くの動物にあるので、生息環境と動物のしくみとの関係を調べるに適した感覚のひとつである。色覚という感覚を通じて多くの動物種を比べ、その共通性と多様性を明らかになってくると、生き物の進化が見えてくる。
  
==光と色覚==
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==松果体の形態的特徴==
 ヒトが外界から取り入れている情報の約8割が、視覚によると言われている。視覚は、太陽光が様々な物体で反射した光や光そのものが目で受容され、脳で再構成されることによってうまれる感覚である。視覚には、色・形・動き・奥行きなどの知覚が含まれる。
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 松果体は、発生過程で間脳の背側部の膨出により形成される、脊椎動物で広く保存された脳内器官である。哺乳類を除く多くの脊椎動物の松果体は光受容能を持っており、松果体光受容細胞・神経節細胞・グリア細胞などから構成される。後述するように、松果体光受容細胞には、メラトニンの合成・分泌を行う光受容細胞と神経性の光反応を示す光受容細胞の2種類が存在し、哺乳類のメラトニン分泌細胞と合わせて松果体細胞と呼ばれる場合もある。松果体光受容細胞には、形質膜の折りたたみから形成される外節構造など、眼の視細胞に類似した形態的特徴を持つものも存在する。また、その外節には、視覚オプシンや非視覚オプシンなどの多様な光受容タンパク質が含まれており、様々な波長(色)の光を受容している。なお、本学会員である、東京大学の深田吉孝博士と岡野俊行博士(現早稲田大)らは、ニワトリ松果体の光受容細胞で機能する光受容タンパク質を、初めての非視覚型オプシンとして発見し、ピノプシンと命名した。一方で、哺乳類の松果体細胞は、オプシンや光情報伝達分子を含んでいるものの、光受容能は持たないと考えられている。
  
 光は電磁波の一種で、波と粒子の両方の性質がある。光の性質のうち、波長の成分が我々の感じる「色」の知覚に対応する。一方、光子数の違いは、明るさの違いとして感じる。
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 円口類・魚類における副松果体や、両生類カエルの前頭器官、爬虫類トカゲの頭頂眼といった、松果体と非常に類似した器官(松果体関連器官)を、松果体の近傍にもつ動物もいる。松果体関連器官にも、松果体で見られるような光受容細胞が多数存在しており、直接光を受容できると考えられている。
  
 太陽光には、様々な波長の光が含まれていて無色透明である。この太陽光(白色光)をプリズムに通すと、様々な波長の光に分けることができる。プリズムで分光した光のうち、ヒトは約400nmから700nmの光ならば見ることができるので、この波長域を可視光と呼んでいる。一方、太陽光には400nmよりも短い波長(紫外線)も700nmより長い波長の光(赤外線)も含まれているが、我々の目には見えない。
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==松果体の光反応==
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 松果体は主に、メラトニンと呼ばれるホルモンの合成・分泌を行う内分泌器官としての役割を担っている。メラトニンは、概日リズムや光周性に重要な役割を持つことが知られており、その合成・分泌量は、夜多く、昼少ないという日周リズムを示す。また、メラトニンの合成・分泌は、光による制御を受ける。哺乳類では、眼で受容した光情報が松果体にまで伝えられるが、哺乳類以外の脊椎動物では、メラトニンの合成・分泌を行う松果体細胞自身が光を受容できる。
  
==色覚==
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 一方で、松果体には、神経性の光反応を示す松果体光受容細胞も存在する。円口類・魚類・両生類・爬虫類などの下等脊椎動物では、松果体やその関連器官において、松果体光受容細胞でキャッチした光情報を電気信号に変換し、神経節細胞で情報統合し、中枢へと伝達するという神経性の光応答機構がある。これらの神経性光応答は神経節細胞で検出されるが、その光応答特性の違いから、明暗応答と波長識別応答の2種類に分類される。円口類ヤツメウナギなどの松果体を用いて、神経節細胞から電気応答を記録すると、暗状態では、継続して神経発火が記録されるが、ある神経節細胞は、可視光を照射すると、一過的に神経発火を抑制するような光反応を示す。この神経節細胞は、どの波長の可視光刺激に対しても同様に抑制性の応答を示すことから、光の明暗を検出するメカニズム(明暗応答)として理解されている。一方で、ある神経節細胞は、紫外光を照射すると神経発火を抑制、可視光を照射すると増大するような光反応を示す。この神経節細胞では、照射光中の紫外光と可視光の比率を検出しており、光の「色」の情報をモニターしていると言える(波長識別応答)。これらの波長識別の生理機能については、夜明けや夕暮れ時の環境光の波長成分の変化をモニターするなど、様々な予想がなされているが、詳細は未だ不明である。
 ヒトは、ある特定の波長の光を見ると波長に対応した「色」を感じる。例えば450nmは青、650nmは赤く見える。このことから物の表面で反射された光に含まれる波長の成分が、知覚できる色と一致すると考えられる。しかし、実は波長成分と知覚される知覚される色とは、いつも一致するわけではない。リンゴを屋外で見ても室内の蛍光灯の下で見ても、その色は赤である。ところがこのふたつの違う光条件の下では、目に届いている光に含まれる波長成分は全くと言ってよいほど違う。この様々な照明光の下においても物体の色が大体同じに見える現象を色の恒常性という。色の恒常性について考えてみると、必ずしも「波長=色」が成り立たないことがわかるだろう。目に届く波長情報は、あくまでも色覚のもとなのである。色の恒常性同様、目に届く波長情報と知覚される色が一致しない現象に色対比(色誘導)現象がある。
 
  
 ヒト以外の動物の多くに色覚があると考えられている。動物に色覚があるかどうかは、学習と弁別を組み合わせた心理物理学的な行動実験によって明らかにできる。具体的には、色紙などを使ってある動物が物体をその明るさではなくて、波長成分の違いによって見分けることができるかどうかを示す。例として、昆虫のミツバチの実験を以下に紹介する。
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==爬虫類トカゲの頭頂眼における光受容==
 
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 上述のように、爬虫類トカゲは、頭頂眼と呼ばれる松果体関連器官を持つ。頭頂眼は、眼と同様にレンズと網膜で構成されるが、その中に、非常にユニークな光反応を示す光受容細胞が存在する。具体的には、頭頂眼の光受容細胞から電気応答を記録すると、青色光を照射すると過分極、緑色光を照射すると脱分極する。この光応答は、照射する光の波長によりその応答性を変化させることから、上述の波長識別応答の一種であると言える。脊椎動物においては、眼の視細胞や松果体光受容細胞は、光照射で一過性の過分極応答を示すと報告されており、このような波長依存的な拮抗的な光応答は非常に特徴的である。ユタトカゲ(Uta stansburiana)において、頭頂眼の光受容細胞には、青色光感受性のピノプシンと緑色光感受性のパリエトプシンと呼ばれる2種類の非視覚オプシンが共存し、拮抗的に作用することで、このような光応答を生み出すという新規のメカニズムが報告されている。
 青色紙の上においた時計皿に蜜を満たして[[ミツバチ]]に与える。しばらくして、青色紙と様々な明るさの灰色紙を同時に見せる。このときには、どの色紙の上にも蜜を置かない。すると[[ミツバチ]]は、青色紙の上だけに集まる。これは、[[ミツバチ]]が青色紙を明るさではなく、波長成分の違い(色)によって見分けていること、つまり色覚を使っていることを示している。ところが、赤色紙で餌をもらっていた[[ミツバチ]]は、赤色紙とある特定の明るさの灰色を混同する。これ[[ミツバチ]]には、赤が色として見えないことを示している。[[ミツバチ]]の色覚の行動実験はあまりにも有名だが、全ての昆虫がヒトの赤に相当する色が見えないわけではない。チョウの仲間は、紫外線も赤も色として見ている。
 
同じような行動実験によって、これまで鳥、魚、その他の無脊椎動物のうち限られた種でその色覚が明らかにされている。ただし、種によって色を感じる波長域には差がある。色覚を持つ動物には、脊椎・無脊椎に関わらず色覚に関係する色の恒常性や色対比といった現象は共有されているようだ。
 
 
 
==色覚のしくみ==
 
 光の情報が最初に入るのは、網膜である。色の知覚は、網膜にある異なる波長域に感度持つ複数種類の光受容細胞の反応の違いをより高次の神経が比較することで生まれる。いくつかの種では、ひとつの神経がある波長で興奮、それ以外の波長で抑制の反応をする反対色性神経が色覚に関与すると考えられている。色を感じる波長域は、網膜にある色覚に関与する光受容細胞の種類が主に決めている。
 
 
 
===ヒト===
 
 ヒトの網膜は層状になっていて、光受容細胞は網膜の光が入る方向から最も遠い一層に並んでいる。そこには、1種類の桿体細胞と3種類の錐体細胞の計4種類の光受容細胞がある。ヒトの可視波長域はこの4種類の光受容細胞が感度を持つ波長域と一致する。桿体細胞は、光に対する感度が高く暗い場所で働く。一方、3種類の錐体細胞は明るいところで働き色覚の情報も伝えている。3種類の錐体細胞は、それぞれ420nm(青)と534nm(緑)と564nm(赤)に感度の極大を持つ。3種類の錐体細胞は、網膜の中心窩と呼ばれる部位に集中して分布し、青受容細胞は全体の7%程度で残りが緑と赤受容細胞である。赤と緑受容細胞の含有率はヒトによって大きく異なる。これら3種類の受容細胞は中心窩に不規則に並んでいるが、これは光受容細胞の規則的な配列によるもわれ現象が起きないようにするためだと考えられている。
 
 
 
 3種類の錐体細胞の情報は、高次で反対色性の情報に変換される。サルでは、青/黄色(緑+赤)と緑/赤の2種類の反対色性神経が見つかっている。この2種類の反対色性神経が伝える情報が波長や空間的に比較統合されて、脳の高次の神経において細かい波長の違いが表現されていると考えられている。事実、サルでは、網膜にある3種類の光受容細胞とは全く異なる波長に鋭い感度を持つ神経が高次の脳領域で見つかっている。
 
 
 
===その他の脊椎動物===
 
 ヒト以外の脊椎動物で色覚とその神経の仕組みが最も詳しく調べられているのは、魚である。実は色覚と網膜にある神経の働きとの関係は魚類で明らかになった点も多い。キンギョやコイの色覚は、網膜にある紫外・青・緑・赤の計4種類の光受容細胞を基盤としている。魚の網膜では、ヒトやサルと違い光受容細胞が規則的に配列する。反対色性神経は、青/黄色と緑/赤の2種類が見つかっている。鳥類の網膜には魚の同様4種類の光受容細胞があるが、魚と違いその配列は不規則である。
 
 
 
===昆虫===
 
 昆虫の目は、個眼がたくさん集まってできている。普通、ひとつの個眼には8〜9つの光受容細胞が含まれる。光受容細胞の種類は、種によって違う。例えば、[[ミツバチ]]では3種類だが、アゲハチョウでは紫外・紫・青・緑・赤・広帯域の6種類である。個眼に含まれる光受容細胞の種類とその配置を見ると、アゲハも[[ミツバチ]]でも光受容細胞の組み合わせによって個眼は3タイプにわかれる。3タイプの個眼は違う比率で含まれ不規則に並んでいるので、個々の光受容細胞も異なる比率で不規則に並ぶことになる。アゲハでは行動実験の結果から色覚に関わる受容細胞は4種類と推測されているので、3タイプある個眼のうち色覚に関わるのはそのうちの2タイプだけということになるが残る1タイプがどのような視覚機能に関わるのかは不明である。また、昆虫の網膜では特定の光受容細胞が色覚に関わり、残りは動きや形といった異なる視覚機能に関わると考えられている。
 
 
 
 昆虫の色覚に関わる反対色性神経は、[[ミツバチ]]とアゲハチョウの幼虫でのみ報告されている。[[ミツバチ]]の反対色性神経は紫外/青緑と青/紫外・緑の2種類である。一方、アゲハチョウの幼虫は成虫と違い網膜に紫外・青・緑の3種類のみをもつ。その反対色性神経は青/緑、紫外/緑、青/紫外・緑の3種類である。
 

2014年10月6日 (月) 17:53時点における版

 動物は、光を物の形や色を認識する「視覚」で利用するのに加え、生体リズムの制御などの様々な「視覚以外(非視覚)」の生理機能の調節に用いている。哺乳類を除く多くの脊椎動物において、非視覚の光受容には、松果体や脳深部などの、眼以外の光受容器官の関与が広く知られている。ここでは、眼外光受容器官のひとつとして知られる松果体の光受容について述べる。 色覚は多くの動物にあるので、生息環境と動物のしくみとの関係を調べるに適した感覚のひとつである。色覚という感覚を通じて多くの動物種を比べ、その共通性と多様性を明らかになってくると、生き物の進化が見えてくる。

松果体の形態的特徴

 松果体は、発生過程で間脳の背側部の膨出により形成される、脊椎動物で広く保存された脳内器官である。哺乳類を除く多くの脊椎動物の松果体は光受容能を持っており、松果体光受容細胞・神経節細胞・グリア細胞などから構成される。後述するように、松果体光受容細胞には、メラトニンの合成・分泌を行う光受容細胞と神経性の光反応を示す光受容細胞の2種類が存在し、哺乳類のメラトニン分泌細胞と合わせて松果体細胞と呼ばれる場合もある。松果体光受容細胞には、形質膜の折りたたみから形成される外節構造など、眼の視細胞に類似した形態的特徴を持つものも存在する。また、その外節には、視覚オプシンや非視覚オプシンなどの多様な光受容タンパク質が含まれており、様々な波長(色)の光を受容している。なお、本学会員である、東京大学の深田吉孝博士と岡野俊行博士(現早稲田大)らは、ニワトリ松果体の光受容細胞で機能する光受容タンパク質を、初めての非視覚型オプシンとして発見し、ピノプシンと命名した。一方で、哺乳類の松果体細胞は、オプシンや光情報伝達分子を含んでいるものの、光受容能は持たないと考えられている。

 円口類・魚類における副松果体や、両生類カエルの前頭器官、爬虫類トカゲの頭頂眼といった、松果体と非常に類似した器官(松果体関連器官)を、松果体の近傍にもつ動物もいる。松果体関連器官にも、松果体で見られるような光受容細胞が多数存在しており、直接光を受容できると考えられている。

松果体の光反応

 松果体は主に、メラトニンと呼ばれるホルモンの合成・分泌を行う内分泌器官としての役割を担っている。メラトニンは、概日リズムや光周性に重要な役割を持つことが知られており、その合成・分泌量は、夜多く、昼少ないという日周リズムを示す。また、メラトニンの合成・分泌は、光による制御を受ける。哺乳類では、眼で受容した光情報が松果体にまで伝えられるが、哺乳類以外の脊椎動物では、メラトニンの合成・分泌を行う松果体細胞自身が光を受容できる。

 一方で、松果体には、神経性の光反応を示す松果体光受容細胞も存在する。円口類・魚類・両生類・爬虫類などの下等脊椎動物では、松果体やその関連器官において、松果体光受容細胞でキャッチした光情報を電気信号に変換し、神経節細胞で情報統合し、中枢へと伝達するという神経性の光応答機構がある。これらの神経性光応答は神経節細胞で検出されるが、その光応答特性の違いから、明暗応答と波長識別応答の2種類に分類される。円口類ヤツメウナギなどの松果体を用いて、神経節細胞から電気応答を記録すると、暗状態では、継続して神経発火が記録されるが、ある神経節細胞は、可視光を照射すると、一過的に神経発火を抑制するような光反応を示す。この神経節細胞は、どの波長の可視光刺激に対しても同様に抑制性の応答を示すことから、光の明暗を検出するメカニズム(明暗応答)として理解されている。一方で、ある神経節細胞は、紫外光を照射すると神経発火を抑制、可視光を照射すると増大するような光反応を示す。この神経節細胞では、照射光中の紫外光と可視光の比率を検出しており、光の「色」の情報をモニターしていると言える(波長識別応答)。これらの波長識別の生理機能については、夜明けや夕暮れ時の環境光の波長成分の変化をモニターするなど、様々な予想がなされているが、詳細は未だ不明である。

爬虫類トカゲの頭頂眼における光受容

 上述のように、爬虫類トカゲは、頭頂眼と呼ばれる松果体関連器官を持つ。頭頂眼は、眼と同様にレンズと網膜で構成されるが、その中に、非常にユニークな光反応を示す光受容細胞が存在する。具体的には、頭頂眼の光受容細胞から電気応答を記録すると、青色光を照射すると過分極、緑色光を照射すると脱分極する。この光応答は、照射する光の波長によりその応答性を変化させることから、上述の波長識別応答の一種であると言える。脊椎動物においては、眼の視細胞や松果体光受容細胞は、光照射で一過性の過分極応答を示すと報告されており、このような波長依存的な拮抗的な光応答は非常に特徴的である。ユタトカゲ(Uta stansburiana)において、頭頂眼の光受容細胞には、青色光感受性のピノプシンと緑色光感受性のパリエトプシンと呼ばれる2種類の非視覚オプシンが共存し、拮抗的に作用することで、このような光応答を生み出すという新規のメカニズムが報告されている。