「コミュニケーション:ミツバチのダンス」の版間の差分

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==ダンス情報の符号化==
 
==ダンス情報の符号化==
  
Karl von Frisch に始まる多数の研究の結果、ダンスがコードする情報が明らかになった。尻を振りながら直進する向きと重力の反対方向との角度が、太陽に対する巣からみた餌場の角度を表している(図1)。仮に、餌場が太陽と同じ方向にある時、ミツバチの尻振り走行の向きは上向き(重力と反対方向)になり、餌場が太陽と反対方向にある場合は下向き(重力と同じ向き)になる。一方、単位時間あたりの尻振り走行の繰り返し数(あるいは尻を振って直進している時間とも読み替えられる)は餌場までの距離に対応して変化する。
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Karl von Frisch に始まる多数の研究の結果、ダンスがコードする情報が明らかになった。尻を振りながら直進する向きと重力の反対方向との角度が、太陽に対する巣からみた餌場の角度を表している(図1)。仮に、餌場が太陽と同じ方向にある時、ミツバチの尻振り走行の向きは上向き(重力と反対方向)になり、餌場が太陽と反対方向にある場合は下向き(重力と同じ向き)になる。一方、単位時間あたりの尻振り走行の繰り返し数(あるいは尻を振って直進している時間とも読み替えられる)は餌場までの距離に対応して変化する。[[画像:dance.jpg]]
 
ダンスをするミツバチ(ダンサー)による餌場の方向情報の推定は、太陽光に含まれる偏光の向きを利用して行われる。その際の偏光は紫外線の波長域が利用されている。一方、距離の推定は飛行中のオプティックフローを利用している。
 
ダンスをするミツバチ(ダンサー)による餌場の方向情報の推定は、太陽光に含まれる偏光の向きを利用して行われる。その際の偏光は紫外線の波長域が利用されている。一方、距離の推定は飛行中のオプティックフローを利用している。
 
情報を符号化するときには誤差が生じる。方向に関する角度の誤差は距離が遠くなればなるほど、誤差が小さくなるという性質がある。ダンスには太陽との位置関係が含まれているので、1日の太陽の動きにあわせてダンスの向きも少しずつ変化する。
 
情報を符号化するときには誤差が生じる。方向に関する角度の誤差は距離が遠くなればなるほど、誤差が小さくなるという性質がある。ダンスには太陽との位置関係が含まれているので、1日の太陽の動きにあわせてダンスの向きも少しずつ変化する。

2009年4月7日 (火) 14:08時点における版

動物界におけるヒトの特徴として、言葉を介した個体間のコミュニケーションがあげられる。しかし、言葉によるコミュニケーションはわれわれ人間のような高等哺乳動物だけのものではなく、社会性昆虫と呼ばれるミツバチにもある。昆虫が言語を持っているというのは発見された当時は大変大きな驚きであった。そのため、激しい論争が長らく続いたが、レーダーを使ってミツバチを追跡する最近の研究結果をもって、論争は終結しつつある。ここではミツバチの言語である、ダンス行動について紹介する。


ミツバチのコミュニケーション

ミツバチは採餌行動において、餌場から蜜を持ち帰った後、良質な餌場の位置を尻振りダンス(あるいは収穫ダンスとも呼ばれ、その一種が8の字ダンスである)によって伝える能力を持ち、それによって採餌効率をあげていると考えられている。尻振りダンスは餌場の方向と距離をダンスの要素に記号化(抽象化)して伝達するので、言語学上、言語の定義に合致する。ダンス行動自体は養蜂家などに古くから知られていたと推測されるが、言語としてのダンス行動は、Karl von Frisch (1973年、ノーベル生理学・医学賞を受賞)によって発見され、体系的に調べられた。その後、彼の弟子Lindauerらによってミツバチのダンスに関する研究はさらに発展したが、行動学的な研究による理解が進む一方で、ダンスの脳内神経メカニズムについては今もほとんどわかっていない。 なお、餌場に仲間を集める手段としては、餌場あるいはその道筋に化学物質(フェロモン)を置いて知らせるアリ類の例があるが、ミツバチのダンスの場合は情報を記号化して伝達する点で本質的に異なる。


ミツバチのダンスの種類

尻振りダンスは、翅を上下に震動させると同時にぶるぶると体(尻)を左右に震わせながら直進する成分(尻振り走行)と振動行動を伴わずにぐるりと円を描いて元の位置に戻ってくる成分からなる。 巣から餌場がおよそ200 m 以内の近場にある場合、ミツバチは同じ方向に円を描きながらぐるぐる歩くので、その歩行軌跡は円を描く。そのためこのダンスは円ダンス(円舞)と呼ばれる。一方、餌場が遠い時は尻を振って元の場所に戻る際、左右交互に円を描きながら歩くので、その歩行軌跡は8の字を形成する。有名な8の字ダンスはこの行動を指している。 採餌行動において良好な餌場に巣の仲間を動員するための情報伝達という点では、円ダンスも8の字ダンスも本質的に同じ役割を果たしている。


ダンス情報の符号化

Karl von Frisch に始まる多数の研究の結果、ダンスがコードする情報が明らかになった。尻を振りながら直進する向きと重力の反対方向との角度が、太陽に対する巣からみた餌場の角度を表している(図1)。仮に、餌場が太陽と同じ方向にある時、ミツバチの尻振り走行の向きは上向き(重力と反対方向)になり、餌場が太陽と反対方向にある場合は下向き(重力と同じ向き)になる。一方、単位時間あたりの尻振り走行の繰り返し数(あるいは尻を振って直進している時間とも読み替えられる)は餌場までの距離に対応して変化する。Dance.jpg ダンスをするミツバチ(ダンサー)による餌場の方向情報の推定は、太陽光に含まれる偏光の向きを利用して行われる。その際の偏光は紫外線の波長域が利用されている。一方、距離の推定は飛行中のオプティックフローを利用している。 情報を符号化するときには誤差が生じる。方向に関する角度の誤差は距離が遠くなればなるほど、誤差が小さくなるという性質がある。ダンスには太陽との位置関係が含まれているので、1日の太陽の動きにあわせてダンスの向きも少しずつ変化する。


ダンス情報の受容

ダンサーの発する情報を受け取ろうと多くのハチがダンサーを取り囲む。ミツバチの巣の中は暗いのでミツバチは視覚情報を使うことができない。現在のところ、巣内では尻振り中の翅の震動によって発生する音(約260 Hzの空気の揺れ)を受容して、ダンス情報を解読しているという説が最有力である。空気の振動情報は、触角のジョンストン氏器官で受容され、脳内にその情報が伝えられる。触角は260 Hzの振動に対して最も感度が高い。しかし、ダンスによる空気流の大きさは距離とともに著しく減衰するため、情報はダンサーのごく近傍にしか伝搬しないと予想される。 ダンス解読のための重力情報は、頭部と胸部の間と、胸部と腹部の間にある感覚毛がそれぞれ頭部あるいは胸部と接触することによって受容されていると考えられている。 振動情報と重力情報が脳内のどの領域で出会い、処理されているのかは今のところまだわかっていない。


ダンスによる柔軟な採餌行動

良好な餌場をダンスによって伝達して、採餌行動を効率的にしていることは次のような実験から知ることができる。濃度の違う2つの砂糖水を用意し、巣箱を中心に反対方向(北と南)に等しい距離だけ離して置く。午前中は南の砂糖水が濃く、午後は北の砂糖水が濃くなるように濃度を変化させると、ミツバチは濃度の高い砂糖水の方に多く集まった。このように、環境の変化に対してダンス行動によってミツバチは柔軟に対応できる。


ダンスが行われる場合

ダンスは花の蜜を集める時だけでなく、花粉、水、プロポリスの収集でも使用される。また、新女王の誕生によって起こる分蜂時の、新しい巣場所の候補地の伝達にも使用される。


ダンス行動に対する反論:匂い説

一方で、8の字ダンスが餌場の位置を伝達しているという説に対する対抗説もある。その有力なものは匂いによる情報伝達である。例えば、蜜を採って帰ってきた採餌バチには訪れた花の花粉や匂いが体についており、巣の他のミツバチはその匂いを手がかりにして餌場へ向かっているという説であるが、ミツバチの代わりにミツバチロボットを使って匂いの手がかりがない状態でも、ミツバチが餌場に動員されることから、情報伝達に補助的に利用されているかもしれないが主要な要因ではないというのが現時点での理解である。