アリとともに生きる仕組み

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最も身近に見られる生き物の一つであるアリ類は、高度な社会を形成する真社会性昆虫であり、もっぱら繁殖する女王や自らは不妊で労働に特化したワーカー、巣の防衛に特化した兵隊など様々なカーストが分業することで協力的な社会を作る。その社会組織を基盤として、アリは陸上生態系で優先的な位置を占め、微生物から脊椎動物まで多様な生物群と共生関係を持つ。しかしながら、アリは巣仲間以外の個体には集団として強い攻撃性を示すため、共生相手はアリと協力的な相互作用を築く上で、アリの排他的な振る舞いをうまく回避する必要がある。

報酬を与える

アリは実に雑多なものを食べる広食性を持ち、生きた動物やその死骸、植物由来の分泌物や果実・種子などを集団で採餌し、しばしば餌場を独占的に利用する。多くのアリ共生者はこの性質を利用し、アリに栄養価に富んだ分泌物を与え、多くのアリを周りに随伴させることで天敵から身を守る。植物の花外蜜やアブラムシの甘露(排泄物)、シジミチョウ幼虫の蜜などが代表的な例である。この分泌物の主要な成分はグルコース、フルクトース、スクロース、メレジトースといった糖類である。また多くの遊離アミノ酸も分泌物中に含まれ、特にシジミチョウ幼虫の蜜ではその濃度が高いことが知られている。アリは分泌物の質や量に依存して集団としての採餌行動を調節しており、より良い質の分泌物にはより多くのアリが集まる。また糖やアミノ酸に対する嗜好性はアリ種によって異なる。例えば、ケアリ類はメレジトースをよく好み、ケアリ類と共生するアブラムシの甘露中にはメレジトースが多く含まれる場合が多い。また、シジミチョウ幼虫は糖と特定のアミノ酸を組み合わせることで、特異的なアリ種を選択的に随伴させることが知られている。餌以外の報酬として、一部の植物では茎内の空洞を営巣場所としてアリに提供することが知られている。

学習させる

アリに餌報酬を与える共生系においては、一度餌報酬をもらったアリ個体はその相手を共生相手として学習し、よりよく随伴する。シジミチョウとアリの共生系(図1)では蜜報酬をもらったアリはシジミチョウ幼虫の体表炭化水素(匂い)と報酬(味覚)を連合させて学習し、その後は炭化水素成分を頼りに共生相手を認識し、同じ体表炭化水素組成を持つ個体に随伴するようになる。アリと共生するシジミチョウはアリに学習されやすいように分子内に二重結合構造を持った炭化水素混合物を分泌していると考えられている。同様の現象はアブラムシとの共生系でも報告されている。アリとアブラムシの共生系ではアリの栄養要求に応じて甘露ではなくアブラムシ個体を攻撃・捕食し、共生関係を解消することが知られているが、アブラムシの甘露を摂食した個体はそのアブラムシに対する攻撃性を低下させる。またこの攻撃性の低下は栄養交換を介した社会学習によって巣仲間へと伝わる。

アリに擬態する

アリの社会組織ではコロニーを構成する個体間で情報伝達が盛んに行われている。アリは個体間コミュニケーションを介して巣仲間やカーストなどの個体情報を識別しており、非巣仲間は集団から排除される。一方で、アリの個体識別の仕組みをうまく利用すればアリの社会組織内にうまく入り込むことができる。アリの体表炭化水素は20成分以上からなる複雑な混合物で、その組成比はコロニーやカースト、日齢によって異なる。アリはこの体表炭化水素組成比の違いを頼りに様々な個体情報を認識し、社会行動を調節している。共生相手の中には、この体表炭化水素を化学的に擬態することでアリとの関係を築いているものがいる。クロオオアリの巣内で働きアリから世話を受けて成長するクロシジミの幼虫は、クロオオアリに特徴的な体表炭化水素を身にまとうことで宿主アリに擬態している。クロシジミの幼虫は自らの体表炭化水素の組成比を侵入しているコロニーに特異的な体表炭化水素の組成比に擬態する。加えて、繁殖に特化し、労働をしない雄アリとよく似た体表炭化水素の組成比に擬態することで、その巣の働きアリから保護を受けている。また、クロシジミと同様にアリの巣で生活するゴマシジミの一種は、体表炭化水素の組成比を宿主アリに擬態するとともに、女王アリが発する音をも擬態し、働きアリを誘引している。匂いと音の二つのモダリティーを擬態することで、アリへの擬態を強固なものにしていると考えられる。

アリから隠れる

「アリに擬態する」で述べたように、アリが個体情報を認識する上で体表炭化水素は重要な役割を担っている。しかしながら、アリは各炭化水素成分量が自身の持つ閾値を超えた場合にはそれらを情報として利用することができるが、炭化水素成分が「少ない」場合や「無い」場合はそれらの情報を識別に利用することが出来ない。そのためアリの巣内に棲息する昆虫は分泌する炭化水素量を極めて少なくすることで、アリからの認識を免れて攻撃を回避することができる。このような化学的無意味性(Chemical insignificance)はダニや甲虫をはじめとする様々な分類群の生物で報告されているが、体表炭化水素は本来乾燥を防ぐなど生体にとって重要な機能を持っているため、炭化水素の分泌量を低下させることは共生相手に何らかのトレードオフをもたらすと予想される。

アリを操作する

アリは集団的な採餌行動により、最適な餌資源を効率よく利用する。共生相手がアリを安定的に引きつけ、防衛されるためには、質の良い餌資源を提供し続ける必要がある。しかしながら、餌報酬を提供することは共生相手にとってコストになるため、様々な条件に依存して提供できる餌資源の質は変動してしまう。餌資源の質が低下するとアリを効果的に引きつけることが出来ず、共生相手は天敵による捕食などによって死と直結する不利益を被る。そのため、報酬に含まれる成分を用いてアリの行動を操作し、防衛サービスを安定化することが報告されている。マメ科アカシア属の植物にはアリに花外蜜と営巣場所を提供する種がいる。花外蜜の主要な糖成分は一般的にスクロースであることが多いく、スクロースはアリの体内でインベルターゼ(サッカラーゼ)によりフルクトースとグルコースに分解される。メキシコのAcacia cornigeraの花外蜜にはインベルターゼが含まれているため、スクロースが含まれていない。また、この花外蜜にはキチナーゼも含まれており、キチナーゼがアリ自身のインベルターゼ活性を抑制する。つまり、この植物に営巣するアリは一度この花外蜜を摂食すると、スクロースを主成分とする他の花外蜜を利用できなくなり、もっぱらこのアカシア種の蜜を餌として利用することになる。共生相手である植物がアリの代謝機能を操作して、アリからの防衛サービスを安定化させていると見ることができる。  このようなアリの操作はシジミチョウとアリの共生系でも報告されている。ムラサキシジミの幼虫から分泌される蜜を摂食したアミメアリは、脳内ドーパミン量が減少すると同時に、歩行活動の減少や外的刺激に対する攻撃性の増加といった行動変化を示す。これはシジミチョウ幼虫がアリに蜜を摂食させることで、アリの行動を操作し防衛能力を高めていると考えられる。シジミチョウの蜜中にはアリのドーパミン量を変化させる何らかの化学物質が含まれていると考えられるが、その実体は未だ不明である。

参考文献

  • 北條賢、秋野順治 (2010) 好蟻性昆虫の化学生態学 生物科学 61(4), 227-233
  • Barbero, F. (2016). Cuticular Lipids as a Cross-Talk among Ants, Plants and Butterflies. International journal of molecular sciences, 17: 1966. DOI:10.3390/ijms17121966
  • Heil, M., Barajas‐Barron, A., Orona‐Tamayo, D., Wielsch, N., & Svatos, A. (2014). Partner manipulation stabilises a horizontally transmitted mutualism. Ecology letters, 17: 185–192. DOI:10.1111/ele.12215

ファイル:Hoji Fig14MB.jpg 図1 アミメアリと共生するムラサキシジミの幼虫


北條 賢 (関西学院大学)